先生はリーダーではなくリーダーに憧れた人!?

PTAやオヤジの会でしばしば話題になるテーマのひとつは、先生のリーダーシップが弱いということ。ぐいぐいとクラスを引っ張り、意地悪な子供も引っ込み思案なおとなしい子も仲良く輪の中に引き込んで、ワクワクするクラスを築いて欲しい、と願っているのになかなかうまくリードしてくれません。「リーダーシップを発揮できなければ先生じゃない!」と、保護者たちは怒ります。

「クラスにいじめっ子がいるのに、先生は何も対策をとらない、叱ってくれない」「自分の考えを表に出せない内気なうちの子に寄り添って、明るい子にして欲しいのに全然うまくやってくれない」などと、不満を持ちます。文句を言っている人に「あなたにはできるのですか?」と問いかけると、「できるはずないでしょ、先生じゃないんだから」となったりします。保護者の多くは、自分にはない指導力を先生に期待しているわけです。

残念なことに、先生という職業に就くのはリーダーの素養がある人ではなく、リーダーに憧れた人たちです。その中に、リーダーシップを発揮できる人は一握りしかいないのです。

先生に憧れて先生になる!?

教育学部の学生や教職課程を履修する学生の多くは、「教師になるかも知れない」という意思を持った人たちです。なぜ教員を志望するかと尋ねれば、多くの学生が過去の経験を語ります。「小学生のころの担任が、クラスを楽しくしてくれて、こんな人になりたい、と思った」「中学時代、数学嫌いの僕に数学の面白さを教えてくれた先生に憧れを抱いた」「高校時代に、古典の面白さを通じて人生を語ってくれた先生のようになりたくて」などなどと。

その職業に対する憧れが、就職動機になることはよくありますが、「医者になりたい」「弁護士になりたい」「サッカー選手に」「総理大臣に」というものに比べると、「教員免許」の取得はかなり簡単です。とりあえず、そこそこ真面目に勉強をしていれば教師になることができてしまいます。「勉強」の中には、「リーダーシップ」は含まれません。結局、「憧れ」の強い真面目な人が教師になる、という傾向が生まれてしまいます。教師になるのには、リーダーシップは不要なのです。

自分にできないことを教師に求める!?

先生の多くがリーダーシップを持ち合わせていない一方で、保護者の側にも指導力のある人は滅多にいません。「内気なわが子を活発な子にして!」と期待する親の気持ちはもっともかも知れませんが、子供を指導するのは親の仕事です。「私の代わりに先生がやってよ」というのは、身勝手なことです。まして、それをうまくやってくれないからと、学校に文句を言うのは筋違い。

クラスにいじめっ子がいるのは先生のせいではありません。いじめのないクラスを作ろうとするのは先生の役割ではありますが、世の中からいじめを撲滅することは不可能です。先生一人がどんなに頑張ってもいじめはなくなりません。地球上から戦争がなくならないのと似ています。「先生のせいだ!」と批判してばかりでは、前に進めないでしょう。

学校を批判する保護者たちは、教師というものを過大評価しています。先生も、普通のおじさん、おばさんに過ぎません。スーパーマンではないのです。

イクメン時代!
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