PTAは教育を語れる場ではない?

PTAは保護者と学校とが協力して、よりよい教育環境を築き上げるための組織と定義して良いでしょう。すべてを学校任せにしないで、保護者サイドの要望やアイデアを提案して子どもたちができる限り良い教育を受けられるようにしたいというのが、親のニーズです。一方学校側は、施設拡充のための寄付等の協力、教職員では手の足らない部分に対する援助をしてもらいたいと考えています。それぞれが相手の力を必要とはしていますが、思惑は異なります。

親は「自分の子どもさえよければいい」のであり、良い教育とは、自分の子どもの成績が上がり、楽しく学校生活を送れ、良い友達ができるということです。自分の子の成績が良いのは親の指導のたまもの、成績が悪いのは学校の指導力不足と考えます。後者であれば、学校に「教育的指導」をしたいと考えるでしょう。しかし、学校は自分たちを「教育のプロ」と考えており、保護者(=素人)から運営や指導法に関して指示されたり口出しされたりすることには意味などないと考えています。学校にとっては、PTAで教育を語る必要も意味もないのです。

PTAは教育を語る場ではない!?

PTAの役員等になって学校に対して意見をしたい、PTA総会で指導法について提言したい、などと考える親は少なくありません。しかし、特に私立学校においてはそうした意見に耳をかすという考えはありません。教育は学校にとって「商品」であり、保護者や生徒は顧客です。自動車メーカーは、ユーザーがどんな車を欲しがっているのかについては知りたいと考えるでしょうけれど、エンジン製造技術についてアドバイスを受けたいとは思わないでしょう。

それと同様に、学校は保護者が「進学率をあげて欲しい」と考えているということは知りたくても、「こういう教え方をすべきだ」「こういう教材を使うべきだ」など、教育方法について口出しして欲しくないのです。プロフェッショナルとしてのプライドを持っている人であれば、どんな職業の人も同じでしょう。専門分野について、素人の教えなど無意味なのです。

「PTAが盛ん」とは教育熱心という意味ではない!?

「あの学校はPTAが盛り上がっている」「熱心に活動している」という噂のたつ学校がありますが、それは決して教育に関して保護者が熱を入れているということではありません。運動会や文化祭などの学校行事に関わる親の数が多いとか長時間費やしているとか、趣味のサークルがいくつかあってその参加率が高い、というような状態を指すいます。「なんだ、親がよく遊んでいるものを盛んというだけか」と感じる人もいるでしょうけれど、PTAは親が遊ぶことが大切なのです。

特に私立学校においては、PTAは教育について学校に提言する場ではありません。親と教師が仲良く楽しむ場と位置づけられるべきでしょう。

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