先生とPTAとの関係は?

教育のあり方について考えるのは本来的には教師の仕事です。先生たちは大学で教育学を学び、教えることのプロとして職業についているのですから、素人である保護者から教えられる立場にはありません。プロ野球選手が少年リーグの球児に野球の教えを乞うことがないのと同じことです。しかし、戦後間もなくPTAが発足された当時には、「親と教師がともに教育をつくる」を口説き文句として教師が保護者に対してPTA加入を説得してまわったために、結果として、「親は学校を指導するもの」という考え方が定着したのです。そうした考え方は、学校側によって徐々に薄められ、次第に「親は教育に口出しをしない」という方向に転換されていきます。

民主化を啓蒙するための戦略としての「親の教育参加」

PTAは文部省の号令の下、教師主導のもとに作られました。米国から「民主化」を最重要課題として与えられた日本は、民主主義を定着させるための一つのルートとして、学校を利用しようと考えたのです。当初任意加入だったPTAに、より多くの保護者を参加させるため、学校側は必死に各家庭を口説いてまわりました。今では考えられないことですが、教師が営業活動をしていたのです。

もちろんその背景には国・文部省からの強いプレッシャーもありましたが、教師たちには「民主主義を育てよう」という熱い気持ちがあったことも間違いありません。子どもたちに自由や民主を教えるためには、その保護者も啓蒙しなければならないという使命感もあったでしょう。より多くの親をPTAに参加させ、「民主化とは何か」を説くことで推進できると考えていたのです。営業活動には営業トークもつきものです。保護者に興味を抱かせるための戦略のひとつとして、「親と教師とが力を合わせて、ともに教育をつくろう」という誘い文句が使われました。

PTAが教育を語りだすと、学校は面倒なことになる!?

当初は保護者と教員とが熱心に教育について語りあいましたが、次第にそれは学校にとって「負担」になります。本来、指導内容や指導方法は教師の「聖域」です。そこに親が介入すると、とても面倒なことになってしまうのです。学校サイドとしても、できる限り「おとなしい保護者」を求め始めます。そのため、PTA役員の選出にあたっては、地元の名士など特定の人を学校が選任するようになっていきました。こうして、教育について語らないだけでなく、学校のために何かをするという意識の薄いPTAが育てられていくことになったのです。

わが国のPTAは発足当初は「教育について語る」という文化がありました。しかし、次第にそれは薄れていき、同時にPTAが学校に果たす役割も小さくなっていきました。

イクメン時代!
オヤジは学校に行くのが当たり前

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