PTAは組織に安住してはいけない!?

わが国のPTAは終戦後に形作られ、当初は教師たちの指導の下、民主化教育の先頭にたつ組織でした。先生たちも保護者も熱心に議論し、活発に活動をしていたのに、それが次第に権力闘争の場になったり、政治的活動の場になったりしていき、いつの間にか多くの学校において形骸化してしまいました。しばしば、「なんのためにPTAはあるのか?」「なくても何も問題はないのでは?」「あるだけで負担だ」などの意見が聞かれるようになっています。

従来ある形を継承するだけのPTAは、もはや保護者たちから見放されつつあります。もし本当に何の役にも立たない組織であるなら、消滅させてしまっても構わないでしょう。法的には、学校になくてはならないものと規定されているわけではありません。実際、PTAのない学校というものも存在します。もし必要なものであるのなら、従来型の組織に安住することなく、新しい形に変えていく努力が必要でしょう。

先生たちによって力を奪われていったPTA

かつて草創期には熱心な教師たちによってPTAが形作られていきました。戦後日本の民主化教育を支えていたのが学校の教師たちであったことは間違いないでしょう。しかし、組織が拡大し成長するのと並行して教員の組織も大きくなっていき、次第にPTAと対立するようになっていきました。60年代後半には、PTAの発行する広報誌に対して、教員組織が検閲をするという事件も起こります。

本来は教師もPTAの組織の一員であり、その組織活動に反対するということはあり得ないことなのですが、実質的には保護者だけの会となってしまったために、教員組織とは意見を異にすることも多くなりました。学校長という権力、教員組織というもう一つの権力にPTAと、学校をとりまく3つの権力構造ができ上がってしまったのです。先生たちの圧力によって、次第に力を失っていきます。名前だけの「会長」がつくられ、学校の下請け仕事をする組織となっていきました。

保護者からありがたがられない組織ならなくても構わない!?

PTAの組織を形作り力を与えたのも教師たちなら、逆にその力を失わせたのも教師たちです。現代では実質的な活動実態の薄いところが少なくありません。運動会などの学校行事の際に「お手伝い」要員として活用されたり、担任の仕事のアシスタント的職務を任されたりするだけという組織が多いのが実情です。そのために、役員や委員になることを嫌う保護者が続出し、「押し付け合い」のPTAばかりとなってしまっています。

保護者に必要と思われない組織なら、なくしてしまっても構わないでしょう。ただ、活発に活動し学校からも保護者からも感謝されているPTAも存在します。そういうものを目指すことが大切ではないでしょうか。

イクメン時代!
オヤジは学校に行くのが当たり前

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