オヤジが語るべきは教育ではなくて学校の発展

父親というものは、息子や娘の成長を促したい、他の誰よりも優れた子になってもらいたい、と期待するものです。教育指導は家庭だけでできるものではありません。特に、学習については、大半を学校に任せることになります。そのため、学校での教育・指導の仕方について、一言語りたい、注文をつけてみたい、とムズムズします。わが子のために。

思うだけなら自由なのに、実際に教員に「教育」を語り始めたりするオヤジもいます。そういうオヤジは気づいていないのでしょう。教師たちにもプライドがあることに。彼らは、「子どもの教育」について大学で専門的な教育を受け、かつ、現場で実践してきた人たちです。経験を積んだプロの教育者であるわけです。そういう彼らに対して、普通のおじさんが「教え方」を教えるのは、野球ファンがイチローに打撃を指導するようなもの。無能オヤジとバカにされないために、先生には敬意を払いましょう。

親は「消費者」ではない!?

教室でどのような指導がなされているか、教師のレベルは高いのか低いのか、といったことに関心を持つこと自体は決して悪いことではありません。どんな会社にも、仕事のできる社員とできない社員がいるのと同じように、教師にも、できる先生とできない先生がいるのも事実です。だからといって、注文をつけるのは、お門違い、です。

学校に対して、ああだ、こうだと文句を言うオヤジたちの頭の中には、自分たちが教育というサービスの「消費者」であるという感覚があるはずです。しかし、教育は消費ではありません。学校は営利企業でもなく、保護者の支払う授業料だけでは確実に「赤字」になる仕組みになっています。保護者は自分たちの代わりに「教育」を与えてくれると感謝すべき立場です。

学校はあらゆる機会を通じて、子どもたちが何かを得る場です。教え方の下手な教師がいれば、その下で成績を上げるにはどう工夫するかが問われている、と考えればいいでしょう。「危険」や「正義」に関すること以外は口を出さないのが原則です。

大人のオヤジが目指すのは学校の発展!?

学校には色んな生徒がいます。先生たちは、それぞれの個性や性格に目を配りながら日々接しています。大変な仕事なのです。特定の子どもに手がかかり、他の生徒への接触が不十分になることもあるでしょう。だからといって、目くじらたてて怒っても仕方がありません。不良は必ずどこの学校にもいます。世の中にはそんなことはいくらでもあるでしょう。先生たちも一所懸命に働いていることは、間違いありません。

学校のレベルを高めたいと願うのなら、学校全体に対して貢献するのがオヤジの務めです。一番簡単にできることは、寄付金を提供することです。学校は営利企業ではありませんが、お金がなくては、教師の増員も、校舎の環境改善もできません。クラブ活動の充実にもお金がかかります。校長や理事長が期待するのは、黙って金を出してくれる「奇特なオヤジ」です。学校の発展には、そうしたオヤジが欠かせません。

学校を良くするには、資金力が必要です。優秀な学校ほど、保護者や卒業生からの寄付金の額が多いものです。子どもの成長を願うのなら、お金を払いましょう。

イクメン時代!
オヤジは学校に行くのが当たり前

Copyright© 学校へ行こう!おやじたちのPTA参加術 All Rights Reserved.