昔のPTAには父親が参加した!?

現代のPTA組織について、さまざまな課題が指摘されています。ほとんどの学校で「強制加入」となっていて、自由意思での加入や脱退ができないこと、母親だけが参加して父親が極めて少ないことなども、課題のひとつです。実はPTAの草創期には、こうした問題は存在しませんでした。もともとPTAは「任意加入」の団体としてスタートし、基礎固めをしたのは父親たちだったからです。民主化、学生運動、労働運動、高度成長期といった時代の流れの中で、現代のようなスタイルに変容していきました。かつてのPTAは現代と比べ物にならないほどに、情熱あふれる組織だったようです。

父親たちが民主化を学ぶ場として成立していたPTA

終戦後すぐに、アメリカはわが国へのPTAの導入を推進しました。民主化を進めるためには、学校教育がとても重要だと考えたからでしょう。子どもの学校に両親が関わる機会をつくることで、子どもと同時に親に対する民主化教育も進めていけるからです。昭和23年に文部省がPTAの参考規約を出して大号令をかけると、「わけのわからないものを慌てて作る必要などあるのか」と考える保護者もいました。そうした疑問に答えつつ、「民主化とは何か」を話しあう場として学校が活用されたのです。

夜になると仕事を終えた男性たちが集まり、夜遅くまで議論していた学校もたくさんあったそうです。最初は地元の有力者が中心でしたが、そのうちベッドタウン化で流入してきた弁護士や学者、ジャーナリストなどの知識階層や、労働運動にかかわる組合役員、教員なども加わって、とことん話しあいが行われました。夜間にこうこうと明かりがともっているため、「提灯学校」などと呼ばれるようになった小学校もあったそうです。新しい時代が始まったという高揚感を味わえる場所でもあったのでしょう。草創期のPTAは白熱した議論の場であり、皆が真剣に参加する熱意あふれる組織だったのです。

PTAは入りたい人だけが入れば良かった!?

現代のほとんどの学校で、PTAは強制加入です。有無を言わさず会費が請求され、学校によっては輪番で役職を押し付けられます。こうした仕組みに不満を持つ人は少なくないとされますが、スタートしたばかりの頃には、どこの学校も任意加入でした。組織の準備会の人たちが家庭を一軒一軒まわり、設立趣旨を説明して納得してもらったそうです。玄関先で民主主義を説き、PTAの必要性を訴えることで、徐々に浸透していきました。こうした情熱が、わが国のPTAを巨大組織へと発展させていったのです。残念ながら現代においては、戦後の頃のような情熱を感じさせる組織は残っていないでしょう。

PTAはもともと父親たちが熱心に推進し任意加入でスタートしたものです。現代では考えられないスタイルだったのです。

イクメン時代!
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